<ブラスバンド部のみんなと1枚、みんな仲良かったなー!>
クリニックの医師紹介のところを書くときに「ただの経歴紹介や挨拶だけでは、来院される患者さんに興味をもってもらえないかな・・」と思い、生まれてから幼少期、学生時代、医師になるまでのことについても書いていました。
開業してから3ヶ月、これまで来院された患者さんから「先生、智辯和歌山なんですね!」というお声がけを何度もいただきました。
他にも自己紹介ページがきっかけで会話に花が咲いた事例は・・・
・先生、ブラスバンドなんですね!サックス吹いてたんですよね!私もジャズが好きで・・・・
・先生、クラシックギター弾いてたんですね!私もフラメンコが趣味で・・・
・先生、スティーブン・タイラーと写ってませんでした?あれ衝撃写真ですよね!実は私もローリング・ストーンズが好きで・・・
などなど。。本当にあの「自分の人生をさらけ出した自己紹介」は少し最初は抵抗感もありましたが、患者さんに親近感を持ってもらえるのにはとても役立っている用に思います。
なかでも、最もご指摘が多いのが
「先生、智辯和歌山なんでしょ!?あの野球で有名な!」
このワード、何度聞いたかわかりません。本当にありがたいです。
なかには「私も智弁和歌山の卒業で・・・」という、先輩に当たる方もご受診いただきました。ホームページを見て知ってくれたようです。ありがとうございます!
自分は智弁和歌山の中等部(中学校)から入学、6年一貫で過ごしました。
智辯生ならわかると思いますが、中高一貫なので高校1年とはあまり言わず、なぜか中4、中5、中6と言います。
さらに入学後、音楽経験ゼロなのに担任の先生がブラスバンド部の顧問だったことや、仲良くなった友だちがブラスバンド部だったこともきっかけで、未経験のままブラスバンド部に入部、アルトサックスを担当して6年間部活に勤しみました。
最初は音を出すこともままならかなったのですが、春夏の甲子園のアルプス応援や、秋の文化祭の発表、体育祭での行進の演奏など色々ブラスバンド部としての活動機会は多かったです。
音楽がとても好きだったのでサックスは完全に我流で学びました。当時はCD,カセットテープが主流で、楽譜は簡単には手に入らなかったので、テープを流して耳で聞き取り、1音1音楽譜に音を取っていき、好きな曲を演奏していました。今考えると下手くそでしたが、その頃はそんなことどうでも良くて、部活の友達関係や先輩後輩、先生との交流など刺激がたくさんあり、本当に今でもあの頃に戻りたいと思ったりします。
なかでも高校1年のときに選抜甲子園で智弁和歌山が優勝したときにアルプスで応援できたこと。
そしてその2年後、自分たちが高校3年のとき、夏の甲子園で智弁和歌山が優勝したときに、アルプスで最後のファンファーレを吹きながら涙したこと。
とても印象深い経験でした。一生忘れないと思います。当時の野球部の皆さん、本当にありがとうございました。
<背景は写っていませんが、韓国修学旅行のときの1枚です。制服はダサかった>
そして医師になって、まさかの智辯和歌山という学校ブランドが自分にとってまたしても追い風になってくれていること。色んな意味で智弁和歌山には感謝しています。先生たちも本当に素晴らしい先生ばかりで、同期の学生もいい友達ばかりでした。このご時世、不登校やいじめなど話題になることが多いですが、周りをみても陰湿ないじめのような状況は無く、不登校になるような生徒もほとんど無かったと思います。
智弁和歌山の学生だったのは25年以上も前もことになります。
この歳になっても中学、高校時代を思い出して、こうやって文章に書けることは幸せなことだと思います。
ありがとう!智弁和歌山!いつも、これからも応援しています。